新しいタイプのSUV(米国)
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米国では事情が違っていた。すでにスズキ・エスクードがGM傘下で、1989年からジオ・トラッカー(Tracker)として投入されていたにも関わらず、GMのSUVの元ではそれらは注目を浴びていなかった。1996年、トヨタがカローラ / セリカのドライブトレインを利用したRAV4を北米市場に投入する。視点が高く、そこそこのユーティリティーを備え、四輪駆動も選択できるというSUVの利点と、ハンドリングや燃費がよいという、乗用車の利点を併せ持っていた。米国自動車ジャーナリズムは、それまでのトラック出自のSUVに対するRAV4の洗練度をして、『クロスオーバー』という「新カテゴリ」名で呼ぶようになる。
トヨタの動向をにらみ、ホンダもシビックをベースとし、日本国内で1995年に発表されていたCR-Vを、米国ホンダの要請で1997年2月に北米投入したが、売れ行きは悪くは無かったものの、RAV4共々サイズが小さいことが影響して、マーケットを席巻するまでに至らなかった。
1998年には、富士重工業が1997年2月から日本で販売開始していたスバル・フォレスターを米国投入する。さらに、フォード買収以前から準備されていたボルボ・850ベースのV70 XC AWD(V70 XC AWD)が1998年モデルとして投入されている。これは後にXCシリーズとして独立発展する。ユーザーの視点からは、ステーションワゴンをベースに、より車高を上げてSUVのスタイルとメリットを享受できるクロスオーバーSUVではあったが、スバル・レオーネやAMC・イーグルの焼き直しの感が強く、作る側、つまりエンジニアリングの視点からは、RAV4ほど野心的な発想ではなかった。
1997年、トヨタがカムリをベースとして、凡庸な設計ではあるものの、スタイリングや動力性能に優れた高級クロスオーバーSUV、ハリアーを日本市場に投入した。それまで、SUVは高額ではあったものの高級車としては認知されていなかったが、これを機に高級車として市場に受け入れられるようになった。そして1999年にレクサス・RXとして米国に投入されると、ハリアーは大きな反響を呼び、これにてようやくクロスオーバーSUVが、米国で高級車カテゴリとして認知されるようになるきっかけとなった(その点でハリアーはひとつの功績を残したといえる)。この評判を元に、日本市場でもさらなる高級SUVを開発すべくマーケティングに力が入った。レクサス RXの米国での成功は、SUV市場の成り行きを見守っていた欧州高級車メーカー勢をも刺激することになった。
新たな市場が出現したことで、フレーム式シャシを持たないメーカーでも車種展開できる環境が整い、各国からクロスオーバーSUVが続々と登場することとなる。
『ウィキペディア(Wikipedia)』参照
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